「Snow Queen 5」
「1、2、3!・・・っと」
ビリヤードのキューから繰り出される突きに、最後の天魔が弾き飛ばされる。
反対側で待ち構えていた薙が追い討ちに斬りつけると、異形は力なく崩れ落ちた。
「これで最後か?」
「みたいだな、あっちも終わったみたいだぜ」
崇志が振り返って顎をしゃくる。
向こうで伊織が胸の辺りで小さく手を振っている姿が見えた。
近くでは凛が豊の顔についた血のりを拭ってやっている。
ごめん、と謝りつつ、顔色の優れない彼を薙は無言で見詰めていた。
「ゆんゆんにはウチの討魔はきっついみたいだねえ」
崇志が隣で何の気なしに言う。
「まあ、テンショーさんとは違うから、俺らのは祓いじゃなくて屠りだし」
「そんな、甘い感傷で戦えるものか」
「ナギは相変わらずクールね」
「本当のことだ」
「おりょりょ、俺はてっきり心配してんのかと思ってたぜ」
振り返ると、少しだけ等身の高い崇志はニヤリと笑った。
それで何となく気分が悪くなって、薙はくるりと背中を向ける。
「ミッション終了、各自、状態報告を」
「はーい、ボロボロだけど元気だよぅ!」
伊織が手を上げた。
「こちらも、問題ない」
「俺も・・・大丈夫」
「俺っちもオールグリーンだぜ」
「了解した」
頷いて、数歩歩き出して薙はメンバーたちを見回した。
「では帰還する」
「飛河、後ろ!」
一瞬聞こえた叫び声は、豊のものであったろうか?
気付いて振り返る間もなく、目の前に飛び出してきた影が薙を押し倒した。
「くっ」
コンクリートの地面にしこたま背中を打ちつけながら、同時に腹の上にのしかかってくる重圧に肺から空気が押し出される。
「こいつっ」
ドン、という鈍い音の後で、この世ならざるものの断末魔の叫び声が聞こえた。
むせこみながら何とか体を起こしてみると、上に乗っているのは豊だった。
顔面蒼白で乱れた呼吸を繰り返しながら、その肩から背中にかけてざっくりと亀裂が走っている。
天照館の制服が、血を吸って黒々と濡れた色を放っていた。
「秋津!」
「ゆんゆん、大丈夫?!」
凛と伊織が青くなって駆けつけてきた。
隣にしゃがみこんだ崇志が、豊を見ながら小さく舌打ちする。
「さっきの天魔、まだ生きてやがった、こいつはお前を」
「説明はいい」
薙は豊を抱き起こしながら、早口で一同に告げる。
「身体、心肺機能に異常発生、急を要する、総員直ちに月詠に帰還、けが人を運ぶ」
豊は半分意識が無いようだった。
立ち上がると腕を伝ってボタボタと赤い雫が落下する。
薙は豊の腕を首にまわし、学院まで持つように自分の験力を彼の体に通わせた。
「このまま運ぶ、崇志、手伝ってくれ」
「ああ」
怪我しているほうの脇に手を添えて、崇志が頷いた。
「よし、」
二人で抱きかかえるようにして歩き出す。
後から、伊織と凛が心配げな様子でついてきた。
月詠学院までの道のりを、極力人のいない道を選んで彼らは足早に戻っていった。
学院裏のペンタファング専用出入り口から直通のエレベーターで、豊はラボに運び込まれた。
ここは隠し階になっていて、一般に知るものは誰もいない。
任務で怪我をして帰ってくる事が多いペンタファングの、怪我の治療と生体調査を目的とした医務室兼研究室であった。
先に連絡を受けて待ち構えていたが医師達が搬入を手伝い、集中治療室に運ばれていく豊をメンバーたちは見送った。
「しっかし、ゆんゆんもやるねえ」
ドアが閉まり、辺りが急に静寂に包まれると、崇志がぽつりと呟く。
「近くにいた俺より先に飛び出してくるんだから、ある意味あっぱれだよなあ」
「ほんと、ほんと、ビックリしたぁ」
伊織もしきりに頷いている。
「後先考えないで突っ込んでくるんだもん、信じらんない」
「だが、秋津が庇わなければ飛河が負傷していた」
「リンちゃんの言うとおりだよ、ナギ、感謝しないと」
薙は、治療室のドアを何の感慨も無いような表情で眺めている。
そして不意にくるりと踵を返して歩き出した。
「あらら、ナギ?」
「いなくていいのかい?」
呼び止める伊織と崇志に立ち止まらずに答える。
「ミッション終了の報告と、戦闘内容、及び結果の報告をする」
崇志がヒュウと口笛を吹いた。
「さすが、クールだね」
「後は医者の仕事だ、ここにいても仕方ない」
「ふうん」
含みのある声に、聞こえなかった振りをして薙は構わずその場を後にした。
さっきから、自分でもよく分からない、もやもやした嫌な感覚が全身を覆っている。
豊は、どうしてあんな事をしたのだろう。
状況から考えて、彼は薙の背後に天魔の姿を認めた瞬間から走り出していたのだろう。
そんな短い間に色々試行錯誤するヒマは無い。
つまり、豊は直感で動いたという事だ。
(愚かな)
心からそう思う。
仮にも生命の危険にさらされる恐れすらある討魔活動において、短絡的、直情的な行動は第一に慎むべき事項だ。考え無しで動いては、いつ殺されてもおかしくない。
なのに彼は、とっさにそれを怠った。
なりふり構わず飛び込んできて、自分の代わりに大怪我を負った。
なぜ、なぜ、なぜ、という疑問詞が、浮かんでは消えていく。
強引に彼の熱を奪って以来、豊は自分から話しかけても来ないし、明らかに薙を避け続けていた。
今日だって、ミッション召集の伝達をしに行ったときにはよそよそしい態度だったのに、彼は僕を庇った。
それは、何故?
「っつ」
薙は、混乱した思考を振り払うように軽く頭を振る。
「とにかく、報告だ」
ペンタファングのリーダーを任されている以上、一時的とはいえ同列に名前を加えているメンバーの一人が怪我をしたなら責任問題だろう。
ましてやそもそもの原因は自身の不覚にあったわけなのだから、反射神経系統の強化プログラムを言い渡されるかもしれない。それは、非常に過酷な内容であったが、痛みに慣れている薙にとっては多少面倒だと思うだけだった。
血まみれの豊の姿が一瞬脳裏をよぎって、胸の奥がズキンと痛む。
そのことのほうが、ずっと薙の心をかき乱した。
後は医者に任せた、後悔は役に立たない、時間の無駄だ。
言い聞かせるように結論付けて、これ以上考えないようにしようとするのはなぜなのか。
どうしてそんな必要があるのか、そのわけすら気付かないままに。
平常を装って歩く姿と裏腹に、重苦しい気配はどこまでも薙を追ってくるようだった。